宮脇会員ブログ「登山にも高齢化の波――変わりゆく山の楽しみ方」

宮脇亜由美

こんにちは。私は宮脇亜由美と申します。山田智子さんからのご紹介でキャリアネットの会員になりました。
🏔私の登山歴
気がつけば、登山を始めてもう11年。
元々アウトドア派ではありましたが、若い頃(バブルでした)の “てっぱん”といえばスキーやテニス(ゴルフも少しかじってみたものの「才能なし!」と判断)。
そんな私にとって、汗をかきながら苦しい思いをして頂上を目指す登山なんて、当時はかすりもしませんでした。
「もし若い頃から登っていたら、もっと健脚になっていたのに・・・」と、遅すぎた登山との出会いが悔やまれます。
でも、だからこそ、この11年という時間が私にとって大きな意味を持ち、人生の後半に潤いを与えてくれる存在になっています。

十数年前、子どもが巣立ち、部活の送迎に追われていた週末がぽっかり空いた頃、家にじっとしていられない性分の私は、県内外の山に登るようになりました。
当初は7〜8人の仲間と切磋琢磨しながら、標準タイムより早く登頂!「私たちってまだまだイケるかも?!」と、自己満足に浸る登山ライフでした。

コロナ禍を経て、登山を再開。かつて一緒に登った仲間が徐々に集まり、再びアルプスの山々へ。ところが、数年前とは違い、足が吊って動けなくなったり、息が上がって休憩が増えたりと、標準タイムで登頂できないことが多くなりました。
「今年の夏は特別暑いから…」「昨日は寝不足で…」と、みんな言い訳しながらも、何度挑戦しても結果は同じ。さらに今年は、持病や体調不良によるドタキャンも相次ぎました。とうとう、今の自分たちの実力を認めざるを得なくなり、登山前日から体調を整えるのはもちろん、「ゆっくり、マイペースで」を合言葉に、歩みを進めるようになりました。

最近は日帰りの弾丸登山を見直し、山小屋泊に切り替えることで、体力的にも気持ち的にも余裕を持った登山を楽しんでいます。高度が上がるにつれ変わる雄大な景色、過酷な環境でひっそり咲く花々を愛しいと思いながら、iPhoneでパシャッ!

鷲羽岳は鷲が羽を広げて飛び立つように見えることから名づけられました

山小屋では、他の登山客との一期一会の会話も楽しみのひとつです。定年後に登山を始めた60代のおじさま、百名山制覇まであと一座(一山)という70代のおばさま3人組。「あなたはまだまだ若い」とおだてられ、ついその気になってしまいました(笑)

3日目に登頂した鷲羽岳の頂上にて

🏔念願の黒部五郎岳へ

この夏、長年の目標だった「黒部五郎岳」に挑戦しました。富山県と岐阜県にまたがる標高2,840mの名峰で、日本百名山・花の百名山にも選ばれています。

「雄大なカールに朝日が当たる絶景をぜひあなたにも見てほしい」と、登山歴50年の先輩に言われ、私自身も憧れていた思いをついに実行に移しました。

黒部五郎岳は難易度こそ高くないものの、飛騨山脈の奥深くに位置するため、山小屋泊を含む数泊の縦走が必要。体力が重要なカギになります。出発1週間前から体調管理を入念に行い(主に禁酒ですが・・・)、足の吊り薬やシップ薬、サポーターも準備。それでも前夜は不安と緊張でドキドキでした。

登頂日は7時間の行程中、4時間が雨の中での山歩き。ガスに包まれ何も見えない中、前を行く仲間のザックの色だけを頼りに一歩一歩前進するのみです。心が折れそうになりながらも、全身びしょ濡れで辿り着いた頂上は、眺望ゼロの“(しろ)部五郎岳”でした。

それでも、長年の目標を達成できた満足感は格別。翌日は晴天に恵まれ、昨日見えなかった雄大なカールが目の前に広がり、山名の由来となった“大きな岩がゴロゴロ(五郎)”もくっきり確認することできました。

黒部五郎岳の頂上→今回は残念ながら白部五郎(涙)

🏔これからも無理なく、感謝の心を忘れずに

今回の過酷な山旅で、少し自信がついたような気がします。あと5〜6年は、老体にムチ打って頑張りたい。もちろん、1人では行けません。いつも一緒に歩いてくれる山友、そして快く送り出してくれる家族に心から感謝しながら──もう来年の計画を立てている自分がいます(笑)

宮脇亜由美

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