【特別寄稿】 小泉八雲と「ヘルン文庫」【1】 

富山八雲会 会長 中尾哲雄

1936年魚津市生まれ。富山大学経済学部卒。インテック社長・会長や富山経済同友会代表幹事などを歴任。富山八雲会には2001年発足時に入会、2016年から会長。富山、魚津両市の名誉市民。富山大学と富山県立大学の名誉博士。

「ヘルン文庫」がなぜ富山に
小泉八雲は生前、富山を訪れたことはない。その八雲の蔵書が、縁のないはずの富山大学にある。それはなぜか。旧制富山高等学校(現富山大学)の創立に尽力した馬場はる※が、八雲の妻、セツから譲り受けて1924年に寄付したからだ。現在は、「ヘルン文庫」として富山大学五福キャンパスの付属図書館にあり、洋書や和漢書など2千冊以上が納められている。

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)亡き後、妻セツが蔵書や原稿を守るため大学への譲渡を検討していた頃、富山では、資産家、馬場はるの巨額の寄付金によって旧制富山高等学校の創設が決まった。そこの初代校長になる南日恒太郎らが入手に奔走した結果、馬場はるが開校祝いにこれらの蔵書を寄贈し、以後「ヘルン文庫」と呼ばれるようになった。そして、戦時中は、富山の篤志家たちによって戦禍を逃れ、貴重な知的財産が守り続けられてきたのである。

ヘルン文庫 富山大学中央図書館5階
八雲の絶筆となった『神国日本』(レプリカ)

八雲の蔵書と私
私が富山大学の学生だった1960年頃、大学は富山市蓮町にあり、文庫は「小泉八雲図書館」として存在していた。当時、私はこの図書館に通っていた。八雲の作品は、私の支えになり、忘れかけていた日本人の心を学ぶきっかけをくれた。

1年間の結核浪人生活の後、富山大学経済学部に入った私は、大学構内にあった青冥寮(せいめいりょう)で生活した。1年次の頃は病気のため授業にほとんど出なかったが、午後には毎日のように寮のそばにあった八雲図書館に行った。蔵書を大切に保管するため普段から鍵がかかっていた。担当者にお願いして開けてもらい、英和辞書を引きながら蔵書を読んだ。

左:旧制富山高等学校正門(上)学校建物(下)、右:富山市北部児童館(八雲図書館の面影残る建物) 

八雲図書館の跡地には現在、富山市北部児童館がある。学びやへの恩返しを込め、建設の際に支援させてもらった。かつての図書館をモチーフにした白い外観の建物は、学生だった当時を思い起こさせ、「幾春暮れて秋たけて今は昔となりにけり」の寮歌が耳朶(じだ)によみがえってくる。

八雲の作品に出合って70年。青冥寮に結んだ若き日の夢は「ひねもす幸の多かりき」であったといえよう。元気に生きて今また、八雲と関わることができていることを幸せに思う。

富山大学より感謝状贈呈式12月5日

八雲の蔵書を300冊寄贈してくれたアイルランド大使館と、長年ヘルン文庫を守ってくれた富山八雲会に感謝状(斎藤学長、大使館員ブライデンさん、中尾哲雄会長)

ヘルン文庫が富山に来て100周年記念祭

2024年4月27日 檀ふみさん、小泉凡さんと中尾哲雄会長 鼎談「ハーンから学んだこと」

【次号に続く】

写真提供:富山八雲会

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