坂上会員ブログ「能登半島地震の体験から」

坂上牧子

11月27日夜11時頃に、震度5弱の地震がありました。外ではこの時期らしい荒れた風と大粒の雨の音がしていました。もうすでに布団に入っていた私は、久しぶりの大きな揺れを感じながら、あの時こんな荒れた天候だったら、こんな夜遅い時間だったらどうしていただろうかと、あれこれ考えていました。

1月1日能登半島地震が起きたあの時、私は輪島の実家にいました。晴れていてまだ外は明るく、まるでゴジラや007の映画のセットのような光景にあぜんとしながらも、斜めに折れ曲がった電信柱の下をくぐり、足元のがれきに注意しながら、妹と二人、それぞれ犬を抱きかかえ、歩いて10分ほどの中学校に避難することができました。

〈地震発生1時間前の様子〉

はじめは中学校の駐車場に座り込んでいましたが、しばらくすると「体育館にも入れます」の声がして体育館に行きました。体育館の中はほこりっぽく、コンタクトレンズをしている私は眼を開けるのもやっとでした。
ホワイトボードを入口に運び出したり、椅子を並べたり、モップ掛けをする人もいて、自発的にいろんな役割を分担しながらテキパキと動いている人が多くいました。
8時頃にパンチカーペットが敷いてある「多目的教室」に移動し、深夜12時頃には毛布が配られました。普段使っているような起毛した軽くてやわらかいものではなく、昔のマントやコートの生地のようなしっかりとしたフェルト状のもので、足元に掛けていましたが、それでもとにかく足先が冷えて寒かったことを覚えています。

一晩中消防車のサイレンが鳴り響き、階段の踊り場から見える空は赤々としていましたが、どこが火事なのか、結局津波は来たのかも全く分からない状況でした。体育館で、「ラジオを持っている人はいませんか」との呼びかけもあり、災害時におけるラジオの大切さを改めて実感しました。

トイレは、入口で数名の女性が一人ひとりに黒いビニール袋とトイレットペーパーを渡し、便器を使わないように説明されていました。「上手にできるかね~」「難しくね~」と言いながらも、どこか明るい雰囲気もありました。夜遅くに行ったときには、黒いビニール袋は白いレジ袋に変わっていて、ゴミ箱はあふれ、床にも使用済みの袋がたくさん置かれていました。
翌日空がうっすら明るくなった頃、家に戻りました。新年にふさわしい冴え冴えとした青空で、数千年に一度の大きな災害があったとは思えないほど美しい空だったことをはっきりと覚えています。

家は傾きましたが、何とか出入りできたので、日中は家で、溶けかけたアイスクリームやお正月用の和菓子を食べたり缶ジュースを飲んだりして過ごし、トイレも済ませて日が暮れる前に避難所に戻っていました。
家の水洗トイレはもちろん使えませんでしたが、蓋付きのペール缶タイプの簡易トイレがあり、風呂場に置いて使っていました。たびたびトイレが詰まることがあり、その際に妹はこの簡易トイレを使っていたようで、おかげでトイレにも困ることはありませんでした。震災後しばらくはコンビニや施設などのトイレが使えない状況が続きましたが、家にこの簡易トイレがあり本当に助かりました。 

〈根元から大きく傾いた電信柱〉
〈室内の様子〉

幸い、財布や鍵など貴重品が入っている鞄も取り出すことができ、車も動いたので、3日の夕方4時頃に輪島を出て翌日の明け方には無事に金沢に帰ることができました。車が動かなければ、多分しばらくは輪島から出ることができなかったのではないかと思います。

金沢に帰ってきたその日に、お風呂に入るためにスポーツクラブに行きました。ランニングマシンを使って運動をしている人を見て、金沢では本当に何事もなかったかのように、これまでと同じ生活ができていて同じ石川県でもこんなに違うのかと、とても複雑な思いがわいてきて、温かい大きなお風呂につかっていると涙があふれてきました。

家は全壊判定となり、年明けには公費解体される予定です。すでに両親は他界しており、いずれは実家を処分し、妹と犬2匹を金沢に連れてきて一緒に暮らすことを考えていましたが、思ったよりも早くその生活が実現することになってしまいました。

キャリアに関する理論の一つに、「キャリアの8割は偶然の出来事で決まる」と考えるクランボルツ博士の※「プランドハップンスタンス(Planned Happenstance)理論」(計画的偶発性理論)があります。今回のこの偶然の想定外の大きな出来事を前向きにとらえ、今後どのように活かしてチャンスに変えていくのか、大きな課題を与えられたと思っています。

最後までブログをお読みいただき、ありがとうございました。来年こそは穏やかな1年になりますように。皆さまどうぞよいお年をお迎えくださいませ。

      
〔注〕※プランドハップンスタンス(Planned Happenstance)理論は、1999年にスタンフォード大学の教育学と心理学の教授であるクランボルツ教授によって提唱されました。「キャリアというものは偶然の要素によって左右されるものが多く、偶然に対してポジティブなスタンスでいる方がキャリアアップにつながる」という考え方のことです。

坂上牧子

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